自分の目で確かめたかった、震災後の街並みの現状。
やはりメディアを通して見ていたものとは違いました。
被災を受けた地域と、免れた地域の大きな差。
残した傷跡はあまりにも大きく言葉になりません。
沿岸部では1年半以上過ぎた現在でも、未だ解体作業すら手つかずの場所もありました。
通常営業しているお店と道を挟んで向かい側には、構造部材を失い立ち入り禁止となっている建物が存在している現実も。
所有者が不明なため、解体作業そのものが進まないことも見て取れました。
法律上難しいことは理解できるけれど、早急に対応しなければ二次災害の恐れもあり、机上の理論では解決出来ません。
一晩泊めて頂いた、今回の活動の学校への手配等をされた方の御自宅。
木造在来の立派な建物です。
1階部分は天井まで水につかり、約半分を御家族の手で直されたとのこと。
塩水に浸された基礎・柱・・・第三者が建て替えを口にするのは簡単ではあります。
しかしながら住宅は単なる物ではありません。
家族の歴史・想い出が詰まった空間をどう取り戻すのか。
作業としてではなく、もっと復興というものに重点を置いた建築のあり方が必要だと痛感。
そして水道業者の数が足りなく、こちらの住宅も未だに上下水道が復旧されていませんでした。
そのような事は、震災後出版された建築の、どの本にも書いてありません。
仮設住宅。
普通の住宅であれば当たり前のようにある物が、無い現実。
当初は壁内の断熱材も無かったそう。
当時の建設業者の苦悩もそこかしこに。
限られた材料、時間との闘いがあったのだろう、と。
とは言いながらも今ここに住んでいる方にとっては、そんな悠長なことは言ってられません。
上記の断熱材施工、給湯器の設置、窓硝子のペア化、日々のアップデートが今なお続いています。
仮設の校舎で学ぶ子供達。
あまりにも殺風景で無機質な空間。
同じ日本にいながら豊かな空間で日々過ごす子と、それが出来ない子たち。
その差を少しでも埋めていくことは、大人の責務ではないかと。
全国の建築士が、建築業界全体の問題と捉えていかなければ。
やはり建築というのは、紙や画面上で伝わるのはほんの一部でしかないことを再認識しました。
建築に携わる者として、ここからどう行動していくか。
継続的に現地を訪れることを心に決めました。